カタカナ英語が抜けないのは口のクセじゃない|研究でわかった「ない音が聞こえる」耳のしくみ

口の形を何年直しても、僕の英語はカタカナのままなんです。

気持ちはわかります。実は発音の研究では、原因を口の動きではなく耳の側に置く見方が、少しずつ積み上がっているんですよ。

でも、うまく聞き取れないのは僕の耳が悪いからですよね…

多くの人がそう思います。ただ音の聞こえ方を調べる研究では、聞こえ方は耳の性能ではなく、育った言葉の枠で決まると扱われているんですよ。

日本人だから仕方ない、で片づけるしかないんですか?

そこは違います。同じズレは他の言語を母語にする人でも報告されていて、日本人だけの弱点としては扱われていません。

じゃあ僕にも変えられる部分はあるんでしょうか。

あります。この記事では 1990 年代から積み上がった研究を順番に見ながら、どこが変えられるのかを整理していきますね。
結論: カタカナ発音が抜けないのは、口の動かし方が下手だからではない。1999 年に発表された実験では、日本語を母語とする大人に、実在しない単語を聞かせている。子音が続く音の並びなのに、そこに無いはずの母音が聞こえていた。同じ現象はフランス語話者にも韓国語話者にも起きている。脳波を測った研究でも、その違いに対する脳の反応が、意識より手前の段階で弱くなっていた。直す対象は口の形ではなく、音の数え方である。
この記事でわかること
- 日本語話者が、子音の続く音に「無い母音」を足して聞いていること
- それが気のせいや注意不足ではなく、脳の反応の段階で起きていること
- 同じズレがフランス語話者にも韓国語話者にも確認されていること
- 聞く訓練が話す力の改善にも移ると報告されていること
1. 「口のクセ」だと思っていたものは、耳の段階で始まっている

無意味語って何ですか? 聞いたことがなくて。

辞書に載っていない作り物の単語のことです。1999 年の実験では、これを使って日本語話者に無い母音が聞こえることが示されました。
発音を直そうとして、口の形や舌の位置を練習した人は多い。それでも自分の英語がカタカナっぽく響く感じは、なかなか消えない。ここで「自分は耳が悪いのだろう」と結論づけてしまう人がいる。
研究が示しているのは、それより手前の段階の話である。出発点になるのは 1999 年に発表された実験だ。日本語を母語とする大人と、フランス語を母語とする大人が比べられている。
聞かせたのは、意味を持たない音の並びだった。無意味語とは、辞書に載っていない、意味のない作り物の単語のことである。たとえば /ebzo/ のように、b と z の間に母音がない音が用意された。
母音をはさまずに子音だけが続く形を、ここでは子音の連続と呼ぶ。street の str の部分のように、ス・ト・リと区切らずに続く並びのことだ。日本語の単語には、この形がほとんど出てこない。
結果ははっきりしていた。日本語話者は /ebzo/ を聞いても、/ebuzo/ のように u の音が入って聞こえたと答えている。フランス語話者では、この現象は起きなかった。
2 つの音が同じか違うかを聞き分ける作業を弁別と呼ぶ。日本語話者は、この 2 つをうまく弁別できなかった。ローマ字で ebzo と書かれた文字を見た瞬間、頭の中で勝手に「エブゾ」と読んでしまう感覚に近い。
この実験の参加者は、いずれも大人である。子どものうちに決着がついた話ではなく、今まさに大人の耳で起きていることとして測られている。だからこそ、練習の対象にもなり得る。
大事なのは、これが注意力の問題ではないという点だ。目の錯覚と同じで、種明かしをされてもそう見えてしまう類のものである。錯覚とは、事実と違うように見えたり聞こえたりする現象のことだ。
つまり、口を動かす前の段階で、すでに音が 1 つ増えている。増えた音のまま覚えて、増えた音のまま口に出している。これが「カタカナ発音」と呼ばれているものの正体に近い。
ここには、方向の違う話が 1 つ隣り合っている。「ネイティブの英語が速すぎる」の正体は速さじゃないで扱ったのは、英語の側の音が減ったり化けたりする現象だった。本記事はその逆で、日本語の側の耳が音を足してしまう現象を扱う。
ここまでのまとめ: 日本語話者は、子音の続く音に無い母音を足して聞いていました。これは注意不足ではなく、聞こえ方そのもののズレです。
2. 気のせいではない。脳の反応の段階で差が弱まっている

本当に聞こえていないなんて、どうすれば分かるんですか。

脳波、つまり頭に付けた電極で拾う脳の電気の動きを測るんです。2000 年の研究では、その反応が意識より手前で弱くなっていました。
「本当に聞こえていないのか、単に自信がないだけではないのか」。この疑いに答えたのが、2000 年に発表された脳波の研究である。
脳波とは、頭に付けた電極で脳の電気の動きを記録したもののことだ。健康診断で心電図を取るのと似た形で、頭の側で信号を拾う。ここでも日本語を母語とする大人と、フランス語を母語とする大人が比べられた。
人の脳には、続けて流れる音の中に違う音が混じると自動的に反応する働きがある。本人が「あ、今のは違った」と気づく前に出る反応で、ここではミスマッチ反応と呼ぶ。
フランス語話者では、母音のある音と無い音の違いに対して、この反応がはっきり出ていた。ところが日本語話者では、同じ違いに対する反応が弱かった。
しかもこの差は、本人が考えて答えるより早い段階で生じていた。判断が甘いのではなく、判断の材料が届きにくくなっている、という形である。
この研究は、日本語話者だけを測って結論を出したわけではない。同じ手続きを別の母語の人にも行い、その差を見ている。差が母語によって生まれると示すには、比べる相手が必要だからである。
ここから言えるのは、劣等感を持つ理由がないということだ。聞こえていないのは努力の量ではなく、音を仕分ける入口の設定で決まっている。その設定は生まれつきの能力ではなく、母語を身につける過程で作られたものである。
ここまでのまとめ: 脳波の研究では、日本語話者の脳が母音の有無の違いに反応しにくいことが示されました。意識より手前の段階です。
3. 足される音は「日本語だから u」ではない
日本語話者に u が足されると聞くと、日本語だけの特殊な癖のように思える。しかしこの見立ては、後の研究で否定されている。
2011 年の研究では、いろいろな母語を持つ大人を対象に、どんな母音が挿入されて聞こえるかが比べられた。無い音が足されて聞こえる現象を、ここでは母音挿入と呼ぶ。文字を打つときに勝手に予測変換が入るような、自動的な補いのことだ。
分かったのは、足される母音の種類が母語ごとに違うということだった。日本語話者以外でも、それぞれの母語のルールに合った音が足されて聞こえていた。
たとえばポルトガル語を母語とする人では、日本語話者とは違う母音が足されて聞こえていた。同じ音を聞いても、母語ごとに違う形へ補われるということだ。
言語にはそれぞれ、「この音とこの音は続けてよい」「この並びは使わない」という決まりがある。国によって車が右側通行だったり左側通行だったりするのと同じで、どちらが正しいという話ではない。
だから起きているのは、日本語の欠陥ではない。どの言語の耳も、入ってきた音を自分の知っている並びに寄せて受け取る、という一般的な働きである。
この見方に変えると、対策の向きも変わってくる。直すべきなのは「日本語らしさ」ではなく、音の並びを受け取るときの数え方のほうになる。
ここまでのまとめ: 足される母音の種類は母語ごとに違い、その言語で許される並びに寄せる一般的なしくみだと示されています。
4. フランス語話者にも韓国語話者にも、同じことが起きている

他の国の人も同じなんて、正直、意外です。

私も最初は驚きました。1998 年と 2007 年の研究で、フランス語話者も韓国語話者も母語にない並びを寄せて聞いていたんです。
「日本人は英語の音が苦手だ」という言い方をよく聞く。これは研究の結果とかみ合っていない。
1998 年に発表された研究では、フランス語を母語とする大人が対象になった。フランス語のルールでは許されない子音の連続を聞かせ、どう受け取られるかが調べられている。
参加者は、その並びを母語で許される近い形に変えて聞き取っていた。自分の言語にない並びを、自分の言語にある並びへ寄せてしまう。日本語話者で見つかったのと同じ向きのズレである。
韓国語でも確かめられている。2007 年の研究では、韓国語を母語とする大人が英語の子音の連続をどう聞くかが調べられた。
結果として、韓国語話者も自分の母語の音の組み立て方に合わせて、音をゆがめて受け取っていた。ここで言う組み立て方とは、音節の作り方のことだ。音節とは、手をたたいて数えられる音のひとかたまりを指す。
さらにこの研究は、原因が単なる聞き取りの不足ではないと論じている。母語で許される音のまとまり方そのものが、受け取り方を決めていた。
フランス語話者は、1999 年の実験では正しく聞き分けられた側だった。それでも、別の研究で母語のルールから外れた並びを聞かせると、同じフランス語話者の耳がゆがんでいた。得意か不得意かではなく、どの並びが自分の母語の外にあるかで決まっている。
3 つの言語で同じ向きの現象が見つかっている以上、これは日本人の弱点ではない。母語を持つ人間なら誰にでも起きる、避けにくい現象として扱うほうが正確である。
ここまでのまとめ: フランス語話者にも韓国語話者にも同じズレが確認されています。日本語話者だけの弱点ではありません。
5. 日本語の耳が使っている「音の物差し」
なぜ日本語の耳は、子音の続く形を苦手とするのか。背景には、日本語が音を区切る単位が関わっている。
1993 年に発表された研究では、日本語を母語とする大人が音声を区切る単位が調べられた。英語話者の使う音節ではなく、モーラという単位で区切っていることが示されている。
モーラは、日本語で言う拍のことだ。「が・っ・こ・う」のように、かなの一つ一つをほぼ同じ長さで数える単位である。この物差しでは、母音を伴わない子音だけの区切りは数えにくい。
物差しの目盛りが違えば、同じ音でも数え方が変わる。英語で 1 かたまりに聞こえる street が、日本語の目盛りでは 5 つ分に見える、という具合である。
カタカナ表記は、この物差しで音を書き取った結果だと考えると分かりやすい。表記が先にあって耳がゆがむのではなく、耳の数え方のほうが先にある。
ただし、ここから英語のリズムの話に踏み込むと本筋がずれる。英語の側で音が繋がったり弱まったりする現象は、英語の音が繋がって聞こえないのは耳のせいじゃないで扱っている。本記事は日本語の側の数え方に絞る。
ここまでのまとめ: 日本語は音を拍で数えるため、子音だけの区切りを数えにくい構えになっています。
6. 流暢になっても、聞こえ方の癖が残ることがある
希望の持てる話だけを並べるのは公平ではない。長く使い込めば自然に消える、とは限らないからだ。
2008 年に発表された研究は、フランス語を母語とし、スペイン語を高い水準まで身につけた大人を対象にしている。日本語話者を対象にした研究ではない点には注意が要る。
フランス語には、単語のどこを強く読むかで意味が変わるしくみがない。強く読む位置のことを強勢と呼ぶが、フランス語ではこれが単語の区別に使われないのである。
そのためフランス語話者は、スペイン語の強勢の位置の違いを聞き分けにくかった。しかも、スペイン語をかなり自由に使える参加者でも、この傾向が完全には消えていなかった。
この結果を、日本語話者の英語にそのまま当てはめることはできない。ただし、母語に無い区別が長く残りやすいという傾向自体は、共通して読み取れる。
大人の耳が新しい区別を作りにくい理由も、別の研究で調べられている。日本語話者が英語の r と l を聞き分ける場面では、母語で既に出来上がった音の仕分け方が、新しい区別の学習を邪魔していた。すでに描かれた地図に道を描き足そうとして、元の線に引っ張られるようなものである。
個々の音の聞き分けそのものは、LとRの発音が同じに聞こえる本当の理由で詳しく扱っている。本記事はここでは深追いせず、音の並びの話に戻る。
ここまでを素直に読むと、暗い結論になりそうに見える。だが、変わる側の証拠も同じだけ積み上がっている。
ここまでのまとめ: 熟達しても母語由来の聞こえ方が残る場合が報告されています。ただし、これで話は終わりません。
7. 聞く訓練は、話す力のほうにも移る

転移って言われても、ピンと来ないんですよね…

片脚だけ鍛えたら反対の脚も少し強くなる、あの感じです。1997 年の実験では、聞く訓練だけで発音の分かりやすさが上がりました。
1997 年の実験は、日本語を母語とする大人を対象に行われた。内容は、英語の r と l を聞き分ける訓練である。発音そのものの練習は含まれていない。
訓練の後、参加者の発音を英語の母語話者が聞いて評価した。すると、聞き分けの訓練しかしていないのに、発音の分かりやすさも改善していた。
この実験で決定的なのは、参加者が発音の練習を一度もしていない点である。それでも口から出る音が変わったのだから、変化は口ではなく耳の側から起きたことになる。
片方を鍛えた効果がもう片方に及ぶことを、転移と呼ぶ。片脚だけ筋トレをしていたら、もう片方の脚も少し強くなっていた、というイメージに近い。
1 つの実験だけでは心もとない。そこで、25 年分の聞く訓練の研究を集めて統合したメタ分析が参考になる。メタ分析とは、たくさんの研究の結果を一つの物差しで集計し直す方法のことだ。
この集計でも、聞く訓練が発音の改善に移る効果が確認されている。単発の結果ではなく、多くの研究をまとめた上での傾向だという点に意味がある。
ただし、この効果は誇張できない。効き目の大きさを数字にしたものを効果量と呼ぶが、その数字の読み方には分野ごとの基準が要る。テストの点差を「大きい」と呼ぶにも、何点差からそう呼ぶかの基準表が必要なのと同じである。
第二言語の研究では、一般的な目安をそのまま当てはめると評価がずれる、と指摘されている。だから「聞く訓練で発音が劇的に変わる」とは書けない。「着実に効く方向がある」までが、研究の言えている範囲である。
順番についても、単純化しないほうがいい。1982 年の研究では、一部の学習者が聞き分けよりも先に言い分けをできるようになっていた。楽譜を完全には読めないのに、耳で覚えた曲を弾ける人がいるのと似た逆転である。
つまり「聞けなければ話せない」も言い過ぎになる。聞く側と話す側は互いに影響し合うが、一方通行ではないということだ。
ここまでのまとめ: 聞く訓練だけで発音も改善した実験と、それを裏づけるメタ分析があります。ただし効果の大きさは誇張できません。
8. 今日から変えられる 3 つのこと

結局、カタカナで書くのはやめるべきなんですか?

そこは急がなくて大丈夫です。研究が問題にしているのは表記ではなく、音を拍、つまりかな一つ分の長さで数える癖のほうなんですよ。
ここまでの研究から素直に出てくる行動は、次の 3 点である。
1 つめは、音の数を数え直すことだ。street を「ス・ト・リ・ー・ト」と 5 拍で数えるか、1 かたまりで数えるかで、口から出る音が変わる。単語を覚えるときに、拍の数ではなくかたまりの数を意識する。
2 つめは、語末の子音を母音なしで止める練習である。and の最後を「ド」と言い切らず、d のところで息を止める。無い母音を足して聞いてしまう以上、足さずに止める形を体で確かめる価値がある。
3 つめは、いろいろな話し手の声で聞くことだ。聞き分けの訓練の研究で繰り返し使われてきたのは、一人の声を聞き続ける形ではなく、複数の話し手の声で同じ区別を聞く形だと整理されている。同じ音でも話し手が変われば響きも変わるため、声を変えて聞くほうが、一人の声にだけ慣れて終わらずに済むと説明されている。
3 つに共通しているのは、口の形ではなく音の数え方を変えている点である。数え方が変われば、単語を覚えるときに頭へ残る形も変わってくる。
ここで、カタカナで書くこと自体をやめる必要はない。カタカナは原因ではなく、聞こえ方の結果として出てきた表記にすぎない。表記を禁じても、耳の数え方が変わらなければ同じ音が出てくる。
時間もお金も限られている社会人にとって、口の形の矯正だけに時間を注ぐのは効率が悪い。まずは音の数え方を変えるほうが、研究の示す方向に沿っている。
ここまでのまとめ: 変えるのはカタカナ表記ではなく、音の数え方・語末の止め方・聞く声の幅の 3 点です。
よくある質問
Q. カタカナで英単語をメモするのは、やめたほうがいいですか。
A. 研究が問題にしているのは表記ではなく、音の数え方です。カタカナは、聞こえ方の結果として出てきた形だと考えると分かりやすくなります。書き方を禁じるより、拍で数える癖のほうを見直すのが先になります。
Q. 聞き取れないのは、自分の耳が悪いからでしょうか。
A. 能力の問題として説明する必要はありません。同じズレはフランス語話者にも韓国語話者にも確認されています。母語を持つ人なら誰にでも起きる現象で、聞く力そのものの優劣を表すものではありません。
Q. 大人になってからでは、もう変わらないのでしょうか。
A. 変わった例は報告されています。一方で、熟達しても母語由来の癖が残る場合もありました。完全に消すことより、通じる方向へ寄せることを目標にするのが現実的です。
Q. 聞き取れるようにならないと、発音もできませんか。
A. 順番は一方通行ではありません。一部の学習者は、聞き分けより先に言い分けができるようになっていました。聞く練習と話す練習は、どちらかが仕上がるのを待つ必要がありません。並行して進めて構わない、という読み方になります。
Q. 聞く訓練で、発音は劇的に良くなりますか。
A. 「劇的」とは言えません。移る効果は確認されていますが、効果の大きさは分野の基準に照らして読む必要があります。着実に効く方向がある、という受け取り方が妥当です。
まとめ
カタカナ発音が抜けない理由を、口の動かし方に求める説明が広く流通している。しかし研究が示していたのは、その手前の段階だった。
日本語を母語とする大人は、子音の続く音を聞いた時点で、実際には鳴っていない母音を足して受け取っていた。脳波を測ると、その違いへの反応が意識より早い段階で弱まっていた。足される音の種類は母語ごとに違い、どの言語の耳も自分の並びに寄せていた。
同じズレはフランス語話者にも韓国語話者にも起きている。だからこれは、日本人だけの弱点ではない。熟達しても残る場合はあるが、聞く訓練が話す力に移る証拠も積み上がっている。
変えるべきは口の形ではなく、音の数え方である。数え方が変われば、聞こえる音の数が変わり、やがて出てくる音も変わっていく。
参考文献
- Dupoux, E., Kakehi, K., Hirose, Y., Pallier, C., & Mehler, J. (1999). Epenthetic vowels in Japanese: A perceptual illusion? Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 25(6), 1568-1578. https://doi.org/10.1037/0096-1523.25.6.1568
- Dehaene-Lambertz, G., Dupoux, E., & Gout, A. (2000). Electrophysiological correlates of phonological processing: A cross-linguistic study. Journal of Cognitive Neuroscience, 12(4), 635-647. https://doi.org/10.1162/089892900562390
- Dupoux, E., Parlato, E., Frota, S., Hirose, Y., & Peperkamp, S. (2011). Where do illusory vowels come from? Journal of Memory and Language, 64(3), 199-210. https://doi.org/10.1016/j.jml.2010.12.004
- Hallé, P. A., Segui, J., Frauenfelder, U., & Meunier, C. (1998). Processing of illegal consonant clusters: A case of perceptual assimilation? Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 24(2), 592-608. https://doi.org/10.1037/0096-1523.24.2.592
- Kabak, B., & Idsardi, W. J. (2007). Perceptual distortions in the adaptation of English consonant clusters: Syllable structure or consonantal contact constraints? Language and Speech, 50(1), 23-52. https://doi.org/10.1177/00238309070500010201
- Otake, T., Hatano, G., Cutler, A., & Mehler, J. (1993). Mora or syllable? Speech segmentation in Japanese. Journal of Memory and Language, 32(2), 258-278. https://doi.org/10.1006/jmla.1993.1014
- Dupoux, E., Sebastián-Gallés, N., Navarrete, E., & Peperkamp, S. (2008). Persistent stress “deafness”: The case of French learners of Spanish. Cognition, 106(2), 682-706. https://doi.org/10.1016/j.cognition.2007.04.001
- Iverson, P., Kuhl, P. K., Akahane-Yamada, R., Diesch, E., Tohkura, Y., Kettermann, A., & Siebert, C. (2003). A perceptual interference account of acquisition difficulties for non-native phonemes. Cognition, 87(1), B47-B57. https://doi.org/10.1016/S0010-0277(02)00198-1
- Bradlow, A. R., Pisoni, D. B., Akahane-Yamada, R., & Tohkura, Y. (1997). Training Japanese listeners to identify English /r/ and /l/: IV. Some effects of perceptual learning on speech production. Journal of the Acoustical Society of America, 101(4), 2299-2310. https://doi.org/10.1121/1.418276
- Sakai, M., & Moorman, C. (2018). Can perception training improve the production of second language phonemes? A meta-analytic review of 25 years of perception training research. Applied Psycholinguistics, 39(1), 187-224. https://doi.org/10.1017/S0142716417000418
- Plonsky, L., & Oswald, F. L. (2014). How big is “big”? Interpreting effect sizes in L2 research. Language Learning, 64(4), 878-912. https://doi.org/10.1111/lang.12079
- Sheldon, A., & Strange, W. (1982). The acquisition of /r/ and /l/ by Japanese learners of English: Evidence that speech production can precede speech perception. Applied Psycholinguistics, 3(3), 243-261. https://doi.org/10.1017/S0142716400001417
- Thomson, R. I. (2018). High Variability [Pronunciation] Training (HVPT): A proven technique about which every language teacher and learner ought to know. Journal of Second Language Pronunciation, 4(2), 208-231. https://doi.org/10.1075/jslp.17038.tho
最終更新日: 2026-09-01
著者: 中村 拓(Taku Nakamura)(greencafe 編集部 編集責任者・非ネイティブ話者)。公開された 13 件の研究エビデンス(tier 1=13 件)を横断分析・再構成した。
画像: いらすとや (https://www.irasutoya.com/) より
この記事を編集した人
公開日: / 最終更新:

