英語日記は本当に話す力になるの?|研究でわかった「書く時に出る英語・話す時に出る英語」

英語日記って、続けたら話せるようになるんですか?

気持ちはわかります。結論から言うと、研究では「効く場所が決まっている」という整理になります。今日はその線引きを見ていきましょう。

僕、3日で止まったんですよね。やり方が悪いんですか?

多くの人がそうです。第二言語習得 (= 言葉をどう身につけるかを調べる分野) の研究では、続かない原因を意志ではなく設計の問題として扱います。

研究と言われても、僕にできるか不安です。

その不安は自然です。研究はこれを才能の話ではなく、課題の重さと自分の余裕をどう噛み合わせるかという設計問題として整理しています。

具体的には、何から始めればいいんですか?

焦らなくて大丈夫です。この記事では9件の研究を順番にたどりながら、書く練習で伸びる部分と、別に確保すべき部分を分けて説明していきます。
結論: 英語日記のような「書く練習」は、そのまま話す力に変わるわけではない。かといって無意味でもない。9件の研究を横断すると、線引きははっきりしている。同じ課題を話す条件と書く条件で比べた研究では、話す側は文の組み立てが、書く側は言葉選びの豊かさと正確さが引き出された。つまり同じ人でも、書く時と話す時とでは出てくる英語の性質が違う。さらに、書いて終わりにせず「お手本と見比べて書き直す」まで進めた時に、気づきが定着しやすいと報告されている。英語日記は万能薬ではなく、伸ばせる場所が決まっている練習である。
この記事でわかること
- 英語で書く練習が「まだ言えない部分」への気づきを生む仕組み
- 書く時に出てくる英語と、話す時に出てくる英語が別だと示した研究の中身
- 「書く → お手本と見比べる → 書き直す」の3手にすると気づきが残ること
- 添削の理由を日本語で1行書き足すという、今日からできる手順
「うまく言えない」と詰まる瞬間から学習は始まる
英語日記を始めて3日で止まった経験を持つ人は多い。書いても手応えがなく、話せるようになる実感もわかないからだ。しかし第二言語 (= 母語の次に学ぶ言葉) の研究では、この「書けない」と詰まる瞬間そのものに意味があるとされてきた。第二言語習得とは、その言葉を人がどう身につけるのかを調べる分野のことだ。
SwainとLapkinは1995年の論文で、アウトプットの役割を整理している。アウトプットとは、自分の力で英語を使って表現してみることを指す。この2人は、自分で産み出す行為が学習を押し進めるという考え方を広めた研究者だと思えばよい。
論文が示したのは次の流れである。
- 英語で言おう・書こうとすると、「これ、どう言うんだっけ」と詰まる場面が出る
- その詰まりに自分で気づく (この気づきを noticing と呼ぶ)
- 気づいたことで、直そう・調べようという行動が押し出される
noticing (= 気づき) は、自分の弱点センサーが鳴った状態だと考えると分かりやすい。センサーが鳴らなければ、どこを直せばいいかも分からないままになる。
さらにこの論文は、アウトプットの時には理解している時より踏み込んだ文法処理が必要になる場面が生じると述べている。英文を読んで意味を取るだけなら、語順が曖昧でも何となく通じてしまう。だが自分で書く側に回ると、語順を決めなければ1文が完成しない。
ここで注意したい点がある。この論文は think-aloud (= 考えていることを声に出してもらう方法) のデータに基づく理論的な論考である。「何点伸びた」という数値は報告されていない。
アウトプット全般が効く条件については英語のアウトプットは本当に効くのかで扱った。本記事はその中でも「書く」という方法だけに絞って見ていく。
ここまでのまとめ: 英語で書こうとして詰まる瞬間は、失敗ではなく気づきのセンサーが働いた合図だと研究では整理されている。
書く時に出る英語、話す時に出る英語は別だった

書く練習と話す練習って、そんなに違うんですか?

同じ人でも出てくる英語が違うんですよ。話す条件と書く条件を比べた2017年の研究では、話す側は文の組み立てが、書く側は語彙と正確さが前に出ました。
「書けば話せるようになる」と言い切る記事もあれば、「英語日記は意味がない」と切り捨てる記事もある。研究の答えは、そのどちらでもない。
Zalbideaが2017年に行った研究は、この問いにまっすぐ答えている。同じ内容の意見文を、話す条件と書く条件の両方でやってもらう実験だと考えればよい。
参加者はスペイン語の中級学習者32名だった。ここは重要な前提になる。日本人の英語学習者を対象にした研究ではないため、そのまま当てはめることはできない。
それでも結果ははっきりしていた。
- 課題の難しさを変えることより、話す/書くという様式の違いのほうが強く影響した
- 話す課題では、統語的に複雑な文が引き出された
- 書く課題では、語彙的に複雑で、かつ正確な英語が引き出された
用語を開いておく。様式 (モダリティ) とは「話すか書くか」という出し方の違いのことだ。統語的な複雑さとは文の組み立ての込み入り具合、語彙的な複雑さとは使う単語の幅の広さを指す。
言い換えると、話す時は文の骨組みが、書く時は言葉選びと正確さが前に出る。筋トレでいえば、その場で使っている筋肉が違うイメージだ。
だから「英語日記を続ければ話せるようになる」は言い過ぎになる。同時に「意味がない」も間違いである。書く場面では、語彙と正確さの側に力が向くからだ。ただしこの研究は、書いた後で話す力が伸びたかを測ってはいない。同じ人が両方やって比べた結果である。
なお、この研究では作業記憶 (ワーキングメモリ) との関係も調べられている。ワーキングメモリとは、頭の中で一時的に情報を置いておく作業机のような働きを指す。関連が見えたのは、課題の認知的な複雑さを上げた条件だけだった。認知的な複雑さとは、先に出た「課題の難しさ」のうち頭をどれだけ使うかの面を指す。考える手数が増えて作業机が混み合う状態のことだ。
ここまでのまとめ: 話す課題は文の組み立てを、書く課題は語彙と正確さを引き出した。ただし書く練習で話す力が伸びるかまでは測られていない。
書いて終わりでは気づけない|見比べて書き直す3手

書いた後って、何をすればいいんですか?

お手本と見比べて書き直すところまでです。日本人大学生を調べた2007年の研究では、自分で気づけるのは主に単語の面だったと報告されています。
英語日記が続かない理由の一つは、書いた後に何も起きないことにある。研究が示すのは、書いた後の一手間で結果が変わるという点だ。
Hanaokaが2007年に行った研究は、日本人大学生を対象にしている。書く課題の中で学習者が何に気づくのかを調べた研究だと思えばよい。日本の英語学習者を直接扱っている点で、参考にしやすい。
課題は4段階で設計された。
- 絵を見て物語を英語で書く
- 母語話者が書いたお手本と、自分の文を見比べる
- その場で書き直す
- 時間を置いてもう一度書き直す
自分の作文とお手本を並べる作業は、間違い探しゲームの答え合わせに近い。
結果として、学習者が自分から気づいた点は、文法よりも圧倒的に語彙に関するものが多かった。「この場面ではこの単語を使うのか」という気づきである。
裏を返せば、文法の違いは放っておくと目に入りにくい。意識して見に行かないと拾えない、ということになる。
もう2点、実践に直結する結果が報告されている。
- 英語力が高い学習者ほど、見比べる段階で気づく点の数が多かった
- 自分が書く時につまずいた箇所に対応するお手本の特徴ほど、書き直しに取り込まれやすかった
2つ目は特に大事だ。先に自分で書いて詰まっておくと、お手本の同じ箇所が目に飛び込んでくる。答えを先に見るのではなく、詰まってから見ることに意味がある。
つまり英語日記は「書く」だけの練習ではない。「書く → お手本と見比べる → 書き直す」の3手でひとセットにして、はじめて学習の形になる。
ここまでのまとめ: 書いて終わりにせず、見比べて書き直すまで進める。素で気づけるのは主に単語なので、文法は意識して見に行く必要がある。
直された理由を日本語で1行書くと、次は直せる

英語の勉強で日本語を使うのは、まずくないですか?

場面が違えば大丈夫です。2012年の研究では、直された理由を日本語で書き出すと、その後の書き直しで正しく直せるようになりやすいと示されています。
添削を受けたとき、赤で直された箇所をながめて終わりにしていないだろうか。ここにも研究の知見がある。
Suzukiが2012年に行った研究は、日本人英語学習者24名を対象にした。添削をどう振り返ると身につくのかを調べた研究である。
この研究では、直された箇所について訂正の理由を日本語で自分の言葉で書き出してもらった。この作業を written languaging と呼ぶ。テストの解き直しで、間違えた理由を自分の言葉でメモする作業に近い。
結果は次のとおりである。
- 直接添削 (= 印だけでなく正解を書き込む直し方) に written languaging を足すと、その後の書き直しで正しく直せるようになりやすかった
- 単語に関する書き出しも、文法に関する書き出しも、正確さの向上と関連していた
ここで疑問が出るかもしれない。英語の学習で日本語を使ってよいのか、という点である。
この点は時間軸で切り分ける必要がある。英文を読んで理解している最中に日本語へ訳し直す癖は、処理を遅くする原因になる。この話は英語を英語のまま理解できないで扱った。
一方でこの研究が扱うのは、書き終わった後に振り返る場面である。リアルタイムの理解中と、書いた後の振り返りとでは、日本語の使い方の意味がまったく違う。だから両者は矛盾しない。
なお、どんな直され方が効くのかという訂正の与え方そのものの話は英語の間違いは直してもらったほうが伸びるのかで扱っている。本記事で扱うのは、受け取った訂正に自分で説明を書き足す側の作業に限られる。
ここまでのまとめ: 添削は見るだけで終わらせない。なぜそう直るのかを日本語で1行書き足すと、次の書き直しで直せるようになりやすい。
一人で書くだけが英語日記ではない
英語日記は一人で完結する練習だと思われがちだ。だが研究がはっきりと効果を確認しているのは、むしろ人が関わる形である。
Elabdaliは2021年に、協働ライティングの効果をまとめた分析を発表している。協働ライティングとは、複数人で1つの文章を一緒に書くことを指す。
この研究はメタ分析と呼ばれる手法をとっている。研究33件を集めて全体の傾向を出す、研究の集計版だと考えればよい。
分かったのは次の点である。
- 複数人で一緒に書いたテキストは、一人で書いたテキストより正確だった
- 協働で書く経験をした後に一人で書いたテキストは、一人で書き続けた場合より評点が高かった
正確さの差の大きさは g=0.73 と報告されている。100人いたら70人くらいに差が出る強さ、というイメージの中程度の効果である。
ただし限界も明記されている。正確さ以外の指標については、研究数の不足とばらつきの大きさから結論が出せないとされた。流暢さや総合的な英語力まで上がると言える段階にはない。
相手とやり取りしながら書く形としては、対話日記 (dialogue journal) という実践も古くから知られている。学習者と応答者が交換ノートのように書き合う方法で、応答者は採点者ではなく対話の相手として返事を書く。
この方法では誤りを直接添削せず、内容のやり取りに焦点を当てる。返信は学習者のレベルより少し上の言葉で書かれるため、自然なインプット (= 自分が読む・聞く側の英語) にもなるとされる。
ただし注意が要る。「続けた学習者の文章が時間とともに的確になった」という報告は教師たちの観察に基づくものであり、効果を測定した実験ではない。因果関係が証明されたわけではない。
ここまでのまとめ: 誰かと一緒に書く、あるいは読んでもらう形にすると正確さが上がると報告されている。ただし裏づけがあるのは正確さの面に限られる。
書く力は段階を踏んで育つ|いきなり難しく書かない

3文だけって、さすがに少なすぎませんか?

それでいいんです。2008年の研究では、頭の中の作業机 (= 情報を一時的に置く場所) に余裕がある時だけ、書く力は次の段階に進めると整理されています。
英語日記が3日で止まる原因は、意志の弱さだけではない。最初から難しく書こうとすることにも原因がある。
Kelloggは2008年に、書く力の育ち方を整理している。書く技能は20年以上という長い年月をかけて発達すると論じた研究だ。
発達は3つの段階として説明されている。
- 知っていることをそのまま書き出す段階
- 書きながら考えをまとめ直す段階
- 読み手の受け取り方まで考えて書き分ける段階
そして上の段階に進めるのは、頭の作業机に余裕がある時だけだとされる。机の上が物でいっぱいなら、新しい作業は始められない。これと同じことが頭の中でも起きる。
なお、これは母語で書く力の発達に関する知見である。第二言語習得の研究そのものではない点は押さえておきたい。
それでも示唆ははっきりしている。英語日記で「今日あった出来事を情感豊かに書こう」と始めると、単語探しと文法と構成を同時に抱えることになる。作業机はすぐ埋まる。
だから最初は短く、型を決める。3文だけ、時制は過去形だけ、といった縛りを置くほうが続きやすい。
「書く」を学習の手段として位置づける枠組みは、Manchónが編んだ学術書で整理されている。書く研究と言語習得の研究をつなぐ目的で編まれた本である。
そこでは、書く力そのものを身につけることと、書くことを通して言語を学ぶことが別の視点として区別されている。英語日記は後者にあたる。うまい文章を書くための練習というより、英語そのものを学ぶための場として設計する。
ここまでのまとめ: 書く力は長い時間をかけて段階的に育つ。頭の作業机に余裕を残すため、短く型を決めて始めるのが現実的である。
「書けば誰でも同じだけ伸びる」わけではない
ここまで書く練習の効き方を見てきた。最後に、過度な期待を避けるための枠を1つ置いておきたい。
Kormosが2023年にまとめた総説は、この点を整理している。総説とは、その分野の研究を見渡して全体像をまとめ直した論文のことだ。
示されたのは次の枠組みである。
- ワーキングメモリと言語学習の適性という個人差が、書く学習の過程と成果を左右する
- 書く課題の作り方と、本人の認知的な余裕が噛み合った時に学習が起きる
同じ宿題でも、得意不得意や余裕の有無で身につき方が変わる。書く練習もそれと同じだという話である。
ここから2つの実務的な結論が出る。
1つは、「英語日記が効かなかった」を能力の問題と考えなくてよいということだ。課題の重さと自分の余裕が噛み合っていなかっただけの場合がある。
もう1つは、続かない時に量を増やすのは逆効果になりうるということである。1日3文まで、時制は過去形だけ、と負荷を下げて型を固定するほうが噛み合いやすい。
ここまでのまとめ: 書く練習の効果は一律ではない。課題の重さと本人の余裕の噛み合わせ次第で結果が変わると整理されている。
今日から始める英語日記の設計図

結局、話す練習はしなくていいんですか?

いえ、別に確保してください。書く課題では文の組み立てが前に出にくいと報告されているので、話す側は話す練習で回すのが研究に沿った形です。
研究から導ける手順をまとめる。特定のアプリや教材は前提にしない。
手順1: 3文だけ書く
いきなり長く書かない。頭の作業机に余裕を残すためである。「今日やったこと」「感じたこと」「明日やること」の3文で十分に成立する。
手順2: 詰まった箇所に印をつける
書いている途中で「これ、どう言うんだっけ」と詰まったら、日本語のままでよいので印をつけて残す。この詰まりが気づきの入口になる。
手順3: お手本と見比べる
書き終えてから、同じ内容の英語の例文を探して自分の文と並べる。先に自分で詰まっておくと、対応する箇所が目に入りやすくなる。
手順4: その場で書き直す
見比べて気づいた点を反映し、すぐに書き直す。ここまで進めて、はじめて3手がそろう。
手順5: 直された理由を日本語で1行書く
添削を受けられる環境があるなら、直された箇所に「なぜそう直るのか」を日本語で1行書き足す。これが定着の分かれ目になる。
手順6: 週に1度は誰かに読んでもらう
毎日でなくてよい。一緒に書く、あるいは読んでもらう形を挟むと、正確さの面で差が出ると報告されている。実践の現場からも同様の観察が伝えられている。
手順7: 話す練習は別に確保する
書く課題では文の組み立てが前に出にくいと報告されている。書く側と話す側は別の練習として、両方を回す。
ここまでのまとめ: 「3文書く → 詰まりに印 → お手本と見比べる → 書き直す」を基本形にし、日本語1行の振り返りと話す練習を足す。
よくある質問
Q1. 英語日記を続ければ話せるようになりますか。
そのまま話せるようになるとは言いにくい。同じ課題を話す条件と書く条件で比べた研究では、出てくる英語の性質が分かれた。書く側は語彙と正確さ、話す側は文の組み立てである。書く練習で話す力が伸びるかを測った研究は、今回の9件には含まれていない。
Q2. 毎日書かないと意味がないですか。
毎日である必要はない。研究が重視しているのは頻度より手順のほうだ。書いて終わりにせず、見比べて書き直すまで進めることが結果を分けた。
Q3. g=0.73 という数字はどのくらいの強さですか。
33件の研究をまとめた分析で報告された、中程度の効果である。100人いたら70人くらいに差が出る強さ、という目安で捉えればよい。ただしこれは協働で書いた場合の正確さに関する数値で、英語日記そのものの効果ではない。
Q4. 添削してくれる人がいない場合はどうすればよいですか。
お手本と見比べる段階は一人でも実行できる。同じテーマの英語の例文を探し、自分の文と並べて違いを拾う。その上で書き直すところまで進めれば、3手の形は保てる。
Q5. 英語日記に日本語を混ぜてもよいですか。
振り返りの場面なら問題ない。訂正の理由を日本語で書き出すと、その後の書き直しで直せるようになりやすいと報告されている。ただし英文を読んで理解している最中に訳し直す癖とは、別の話である。
まとめ
英語日記は万能薬でも無意味でもない。効く場所が決まっている練習である。
自分の力で書こうとして詰まる瞬間に、気づきが生まれる。その気づきは、お手本と見比べて書き直すところまで進めた時に定着しやすい。
直された箇所は、理由を日本語で1行書き足すと次に直せるようになりやすい。一人で抱え込まず、誰かと書く形を挟めば正確さの面で差が出る。
一方で、書く場面で前に出るのは語彙と正確さの側である。話す場面で前に出るのは文の組み立ての側だった。だから両方を回しておきたい。
始め方は短くてよい。頭の作業机に余裕を残すことが、上の段階に進む条件だとされているからだ。そして効果は一律ではなく、課題の重さと自分の余裕の噛み合わせで変わる。
3日で止まった経験があるなら、意志ではなく設計を変える。3文と3手から始めればよい。
参考文献
- Swain, M., & Lapkin, S. (1995). Problems in output and the cognitive processes they generate: A step towards second language learning. Applied Linguistics, 16(3), 371-391. https://doi.org/10.1093/applin/16.3.371
- Hanaoka, O. (2007). Output, noticing, and learning: An investigation into the role of spontaneous attention to form in a four-stage writing task. Language Teaching Research, 11(4), 459-479. https://doi.org/10.1177/1362168807080963
- Suzuki, W. (2012). Written languaging, direct correction, and second language writing revision. Language Learning, 62(4), 1110-1133. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2012.00720.x
- Zalbidea, J. (2017). “One task fits all”? The roles of task complexity, modality, and working memory capacity in L2 performance. The Modern Language Journal, 101(2), 335-352. https://doi.org/10.1111/modl.12389
- Elabdali, R. (2021). Are two heads really better than one? A meta-analysis of the L2 learning benefits of collaborative writing. Journal of Second Language Writing, 52, 100788. https://doi.org/10.1016/j.jslw.2020.100788
- Kellogg, R. T. (2008). Training writing skills: A cognitive developmental perspective. Journal of Writing Research, 1(1), 1-26. https://doi.org/10.17239/jowr-2008.01.01.1
- Kormos, J. (2023). The role of cognitive factors in second language writing and writing to learn a second language. Studies in Second Language Acquisition, 45(3), 622-646. https://doi.org/10.1017/S0272263122000481
- Peyton, J. K. (1993). Dialogue journals: Interactive writing to develop language and literacy. ERIC Digest (ED354789). ERIC Clearinghouse on Languages and Linguistics / Center for Applied Linguistics. https://eric.ed.gov/?id=ED354789
- Manchón, R. M. (Ed.) (2011). Learning-to-Write and Writing-to-Learn in an Additional Language. John Benjamins. https://benjamins.com/catalog/lllt.31
最終更新日: 2026-09-11
著者: 中村 拓(Taku Nakamura)(greencafe 編集部 編集責任者・非ネイティブ話者)。公開された 9 件の研究エビデンス(tier 1=7 件 / tier 2=2 件)を横断分析・再構成した。
画像: いらすとや (https://www.irasutoya.com/) より
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