英語を勉強すると日本語が下手になる?|研究でわかる母語が揺らぐ年齢

英語を頑張るほど、日本語が出てこなくなる気がするんです…

その不安を持つ人は多いですよ。実は 2 つの言語が頭の中でどう影響し合うかは、研究の世界でも長く調べられてきたテーマなんです。

このまま日本語が下手になったら、と思うと怖くて。

気持ちはわかります。母語の変化は留学生や海外に住む人を対象に研究が重ねられていて、条件によって起き方がかなり違うと分かってきています。

研究と言われても、僕の生活に当てはまるんですか?

大事な視点です。研究の対象者と自分の状況がどれだけ近いかを比べれば、どこまで気にすればよいかを落ち着いて整理できますよ。

具体的には、どこから考えればいいですか?

この記事では 12 本の研究を順番に見ていきます。まず「出てこない」現象から始めて、年齢や個人差、自分の状況との比べ方まで進みます。
結論: 英語にどっぷり浸かると、大人でも日本語の単語が出てきにくくなることがある。
これは海外で学ぶ学生を調べた研究で確かめられている。
ただし研究者は、母語を失ったのではなく、学ぶ言葉に浸かっている間は抑えられていた状態と解釈している。
母語の揺らぎやすさは、母語から離れた年齢とともに少しずつ下がると考えられている。
大人の母語の変化は個人差が大きく、使う量だけでは説明しきれない。
日本で日本語を使いながら英語を学ぶ大人は、研究の対象者とはかなり条件が違う。
この記事でわかること
- 英語を増やすと日本語が出てこなくなる現象を、研究がどう説明しているか
- 「忘れた」と「一時的にフタをしている」の違い
- 母語が揺らぎやすいかが、母語から離れた年齢でどう変わるか
- 日本で学ぶ大人と、海外で英語漬けになる人それぞれの考え方
英語を増やすと日本語の単語が出てこないのは、気のせいではない

会議で日本語が出てこないの、僕だけですか?

多くの人が経験することです。海外で学ぶ大学生を調べた研究でも、学ぶ言葉に浸かっている間は母語の単語が出にくくなっていたんですよ。
英語の勉強を毎日続けていると、会議で日本語の単語がふと出てこない。そんな瞬間に不安になった、という声はよく聞かれる。結論から言うと、この体験は研究でも確かめられている。
心理学者 Linck (リンク) らのチーム (= 2 つの言語を持つ人の頭の中を調べる専門家たち) は、この現象を調べた。対象は、英語が母語 (= 生まれて最初に身につけた言葉) で、スペイン語を学ぶ大学生だ。スペインで暮らしながら学ぶ学生と、自国の教室だけで学ぶ学生を比べた。
スペインで学ぶ形をイマージョンと呼ぶ。つまり、学ぶ言葉の中に毎日どっぷり浸かる環境のことだ。プールの中で泳ぎを覚えるか、陸で泳ぎ方を習うかの違いに近い。
結果は 2 つあった。イマージョンの学生は、スペイン語の力が教室の学生より高かった。その一方で、母語である英語の出てきやすさが下がっていた。新しい言葉が伸びる裏で、浸かっている間は母語の出番が減っていたことになる。
研究者 Baus (バウス) らのチーム (= 2 つの言語を話す人が言葉をどう口に出すかを調べる専門家たち) も、似た結果を報告した。こちらは短いイマージョン期間の最初と最後で、同じ学習者を 2 回調べた。同じ人を時間をおいて調べる方法を縦断研究という。身長を毎年測って伸び方を見るのと同じ考え方だ。
期間の最後には、絵を見て名前を言うのが遅くなっていた。ただし遅くなったのは、ふだんあまり使わず、第二言語 (= 母語の次に学ぶ 2 つ目の言葉、ここではスペイン語) と形が似ていない単語に限られた。
形が似ていない単語とは、英語の dog とスペイン語の perro のような組み合わせだ。piano と piano のように形が似た単語には、この遅れは見られなかった。
ここまでのまとめ: 学ぶ言葉に浸かると、大人でも母語の単語が出てきにくくなることがある。遅れが出たのは、ふだんあまり使わない単語が中心だった。
「忘れた」のではなく「フタをしている」という考え方

出てこない日本語は、もう消えちゃったんですか?

1998 年に出された考え方では、使わない言語に一時的にフタをしていると説明されます。見ない番組の音量を下げるだけ、というイメージです。
では、出てこない日本語は消えてしまったのだろうか。少なくとも Linck らの解釈では、そうではない。
心理学者 Green (グリーン、言わば「頭の中の言葉の交通整理」を考えた研究者) は、1998 年に 1 つの考え方を出した。2 つの言語を持つ人は、話すたびに使わない言語を一時的に抑えている、というものだ。これを抑制制御モデルと呼ぶ。
ここでの抑制とは、使わない言語に一時的にフタをすることである。2 つのテレビ番組が同時に流れていて、見ない方の音量を下げるイメージに近い。チャンネル自体が消えたわけではない。
モデルとは、頭の中の仕組みを説明する「設計図の案」のようなものだ。Green の論文は実験の結果ではなく、議論のための提案である。証明済みの事実ではなく、有力な説明の 1 つだ。
先ほどの Linck らも、この考え方を結果の説明に使っている。研究者らは、イマージョン中は母語が抑えられていた、という解釈が最も合うと述べた。論文の題名に「Losing access」とある。訳すと「アクセスを失う」で、中身そのものを失うという意味ではない。
一方、Baus らの説明は少し違う。彼らは、イマージョン中に母語を使う回数が減ったことを重く見ている。よく使う道具はすぐ手に取れる。たまにしか使わない道具ほど、棚の奥に行って探すのに時間がかかる。
どちらの説明が正しいかは、まだ決着していない。
英語を英語のまま理解しようとすると、頭の中で 2 つの言語がぶつかる感覚が出やすい。その仕組みは頭の中で日本語に訳してしまう理由を研究で整理した記事でも扱っている。
ここまでのまとめ: Linck らは、日本語が出てこないような状態を、使わない言語を抑える働きで説明した。使う回数の変化で説明する研究もあり、解釈はまだ分かれている。
母語が揺らぎやすいかは、母語から離れた年齢で変わる

母語が揺らぎやすいのは、何歳までなんですか?

研究では、崖のように急に変わるのではなく、坂道のように年齢とともに少しずつ揺らぎにくくなると考えられています。
では、一時的なフタではなく、母語そのものが変わることはあるのだろうか。
研究では、これを L1 attrition (母語の摩耗) と呼ぶ。言語の環境や習慣が変わり、使う機会が減った人に起きる変化のことだ。長く乗らない自転車が、少しぎこちなくなるイメージに近い。
言語学者 Schmid (シュミット、母語の摩耗を長く研究してきた言語学者) の概説書は、変化の例を挙げている。時制 (= 過去・現在など時の表し方) の使い分けが単純になる、あまり使わなくなる単語が出てくる、などだ。概説書とは、その分野の全体像をまとめた教科書のような本である。
では、誰がこの変化を受けやすいのか。研究者 Bylund (ビルンド、母語と年齢の関係を調べる言語学者) は、年齢に注目した 2 本の論文を 2009 年に出している。
1 本目は、研究の流れを整理したレビュー論文である。レビュー論文とは、たくさんの研究を見比べて考えを整理する論文だ。新しい実験の結果を出すものではない。
Bylund はここで、母語の揺らぎやすさは、ある年齢でぷつりと切り替わるものではないと論じた。崖のように突然落ちるのではなく、坂道のように少しずつ揺らぎにくくなる、という見方だ。
2 本目は実験論文である。スウェーデンに住む、スペイン語が母語の人たちを調べた。テーマは出来事のとらえ方で、たとえば動きの終点をどう言葉にするかなどだ。「駅へ歩く」と言うか「駅まで歩いた」と言うか、のような違いである。
結果、スウェーデン語を 12 歳より上で始めた人は、スペイン語だけを話す人と同じパターンだった。ずれが見られたのは、12 歳未満で始めた人だけだった。
ここで注意がいる。12 歳という線は、出来事のとらえ方という一部の調査で出た線である。発音や文法、単語の力まで、すべてが 12 歳で決まるという意味ではない。
Bylund は、早く始めた人ほど母語に触れる環境の影響を受けやすいとも示唆している。逆に、遅く始めた人の母語は、そうした環境にあまり左右されないという。粘土が乾いて固まると、置き場所が変わっても形が崩れにくいのに近い。
英語を身につける側の年齢の話は、英語は何歳までに身につくかを能力別に線引きした記事で詳しく扱っている。
ここまでのまとめ: 母語の揺らぎやすさは、年齢とともに少しずつ下がると考えられている。12 歳という線は出来事のとらえ方に限った結果で、全能力の境目ではない。
幼いころに母語を離れた人の脳には、何が残るのか
母語が大きく変わりやすいのは、主に幼いころに母語の環境を離れた場合だ。その極端な例が、海外の家庭に養子として迎えられた人たちである。
研究者 Pierce (ピアース) らのチーム (= 子どもの言葉と脳を調べる専門家たち) は、中国からフランス語の家庭に養子として迎えられた子どもを調べた。養子になった平均年齢は 12.8 か月で、その後は平均 12.6 年、中国語に触れていなかった。本人たちは中国語を話せず、覚えてもいなかった。
研究チームは fMRI で脳の働きを調べた。fMRI とは、脳のどこが活発に働いているかを、地図のように映し出す装置だ。調べたのは、中国語の声調を聞き分けるときの脳の反応である。
声調とは、音の高さの上がり下がりで意味が変わる仕組みだ。日本語の「雨」と「飴」で高さが違うのに少し似ている。
結果、養子の子どもたちの脳の反応は、中国語を使い続けているバイリンガル (= 2 つの言語をふだんから使う人) の子と一致した。中国語に触れたことのない子とは違っていた。消しゴムで消したノートでも、光に透かすと筆圧の跡が見える。そんなイメージだ。
一方で、研究者 Pallier (パリエ) らのチーム (= 脳画像で言葉を調べる専門家たち) は、逆向きの結果を報告している。韓国からフランスの家庭に養子として迎えられた大人を調べた研究だ。
この人たちは、韓国語の記憶を調べるテストで、韓国語に触れたことのないフランス人と成績が変わらなかった。脳の画像でも、韓国語を聞いたときに特別な反応は見られなかった。引っ越しで家具をすべて入れ替えると、前の家の面影が残らないことがある、という結果に近い。
2 つの研究は年齢も方法も違い、どちらが正しいとは言い切れない。言えるのは、幼いころに母語から完全に離れると、母語は大きく入れ替わりうるということだ。痕跡が残るかどうかは、研究によって結果が分かれている。
この記事は子どもの英語教育の是非を論じるものではない。子育ての話が気になる人は、バイリンガル育児のデメリットを研究で見きわめた記事を参考にしてほしい。
ここまでのまとめ: 幼いころに母語を離れた人の研究では、脳に痕跡が残ったとする結果と、見えなかったとする結果がある。大人の学習者とは、そもそも状況がまったく違う。
大人の母語の揺らぎは、使う量だけでは説明しきれない

日本語をたくさん使えば、安全なんですよね?

そう思いますよね。でも海外に住む大人 106 人を調べた研究では、母語に触れる量などで母語の力を言い当てる力は「比較的弱い」と出たんです。
大人になってから海外へ移った人の母語は、何によって変わり方に差が出るのか。
Schmid と統計学者 Dusseldorp (ダッセルドルプ、データから原因を見分ける専門家) は、この問いを数字で調べた。対象はドイツ語が母語で、オランダに住む大人 53 人とカナダに住む大人 53 人だ。ドイツに住むドイツ人 53 人と比べた。
使った方法は多変量解析である。多変量解析とは、たくさんの原因を一度に並べて、どれがどれだけ効いているかを見分ける計算方法だ。料理の味を、塩・砂糖・火加減のどれが決めたのか、まとめて調べるのに似ている。
調べた要因は、ドイツ語に触れる量、母語への気持ち、母語とのつながりの感覚などである。これらは、母語を保つうえで最も大事だとこれまで考えられてきた要因だった。
ところが結果は意外だった。これらの要因が母語の力を予測する力は「比較的弱い」と示された。予測する力とは、その要因を知れば結果をどれだけ言い当てられるか、という強さのことだ。
毎日練習すればうまくなると思われていたのに、練習量だけでは上手さの差をあまり説明できなかった。そんな結果に近い。だから「日本語を使う量を増やせば安全」とは、研究からは言い切れない。
Schmid と言語学者 Jarvis (ジャービス、話し言葉の単語の豊かさを測る専門家) の研究も、同じ方向を示している。海外に長く住む人の母語の単語を、決められた課題と自由な会話の両方で調べた。
その結果、違いは決められた課題より、自由に話したときに表れやすかった。たとえば、使う単語の幅や、少し難しめの単語の使い方である。テストでは満点でも、雑談では同じ言葉ばかり使ってしまう、という形に近い。
そしてここでも、母語に触れる量や滞在年数は、結果を予測する力を持たなかった。つまり大人の母語の変化は、人によって大きく違い、単純な量の話では説明しきれない。
ここまでのまとめ: 大人の母語の変化は個人差が大きい。母語に触れる量や気持ちだけでは、その差を十分に説明できなかった。
文の読み方は変わることがあっても、発音は保たれやすい

海外に長くいると、日本語になまりが出ますか?

心配になりますよね。大人になってから移住した 40 人を調べた研究では、グループ全体で見ると発音は地元の人と聞き分けにくかったんです。
母語の変化は単語だけとは限らない。一方で、変わりにくい面もある。
研究者 Dussias (ドゥシアス) と Sagarra (サガラ) は、文の読み方に注目した。2 人は、2 つの言葉を持つ人が文をどう読むかを調べる言語学者だ。使ったのは視線計測という方法だ。視線計測とは、文を読む人の目がどこで止まり、どこへ戻るかを記録する方法である。
読ませたのは、意味が 2 通りにとれるスペイン語の文だ。日本語で言えば「先生の妹で、病気だった人」のような文である。病気なのが先生か妹かで、意味が変わる。
スペイン語だけを話す人 44 人は、1 つ目の人に結びつけて読んだ。英語の環境にあまり浸かっていないバイリンガル 24 人も同じだった。ところが、英語の環境に長く浸かったバイリンガル 20 人は、2 つ目の人に結びつけて読んだ。
ただし、この研究は「読み方を間違えた」とは評価していない。曖昧な文をどう解釈するかのクセが違った、という結果だ。
一方、発音は保たれやすいという結果がある。研究者 Hopp (ホップ、外国語の身につけ方を調べる言語学者) と Schmid は、大人になってから移住したドイツ語母語の人 40 人の発音を調べた。聞き手が耳で聞いて、なまりがあるかを評価した。
結果、グループ全体で見ると、移住した人の発音はドイツに住む人と区別がつかなかった。平均で見れば、地元の人と聞き分けにくかったということだ。ただし、母語を使う量などに一部関係が見られたとも報告されている。
ここまでのまとめ: 英語に長く浸かると、母語の文の読み方のクセが変わることがある。大人の移住者の発音は、グループ全体では保たれていた。
日本で学ぶ大人と、海外で英語漬けになる人の目安

日本で英語を学んでいる僕は、どう考えればいいですか?

研究で母語が出にくくなったのは、一日の大半を外国語で過ごす学生でした。日本語を毎日使う大人とは、浸かり方の量がかなり違うんです。
ここまでの研究を、状況別に整理する。大事なのは、研究の対象者と自分の状況がどれだけ近いかだ。
まず、日本で働きながら英語を学ぶ大人の場合だ。Linck らや Baus らが調べたのは、学ぶ言葉に浸かって暮らす学習者だった。一日の大半を外国語で過ごす環境である。
日本で暮らす大人は、仕事でも家庭でも日本語を毎日使っている。英語の勉強時間がそれなりにあっても、浸かり方の量がかなり違う。Linck らの研究でも、母語の出にくさが見られたのはイマージョンの学生のほうだった。また、母語の揺らぎやすさは年齢とともに下がると考えられている。
だから日本で学ぶ大人は、日本語が壊れる心配より、英語の時間をどう確保するかを気にするほうが現実的だ。
ただし「絶対に影響しない」とまでは言えない。英語の会議が続いた直後に日本語の単語が出にくい、という体験は起こりうる。それは使わない言語にフタをする働きで説明できる、と知っておけば十分だ。
次に、海外赴任や留学で英語漬けになる人の場合だ。この状況は研究の対象者にかなり近い。日本語の単語が出にくくなる時期は、来ることがあると考えておくとよい。
では、何をすればよいのか。研究で確かめられている範囲で言えば、日本語に触れる量が母語を守る効き目ははっきりしていない。だから「これをすれば守れる」という方法は、研究からは示せない。
そのうえで、損の少ない工夫として、日本語で読む・書く・話す時間を少し残すのは悪くない。好きな日本語の本を読む程度でよく、効き目の保証はないが困ることも少ない。
ここまでのまとめ: 日本で学ぶ大人は、研究の対象者とは条件がかなり違う。海外で英語漬けになる人は、日本語の出にくさを前提にしつつ、決定的な対策は研究で示されていないと知っておく。
AI 英会話を毎日使う生活は、日本語の出番を減らすのか
最近は、AI 英会話 (= 画面の中の AI を相手に英語で話す練習) や AI 翻訳を毎日使う人も増えた。
研究が示したのは、学ぶ言葉に浸かる量が多いと、浸かっている間は母語の出番が減りうるという条件までだ。そこで問いは、「AI との毎日の英会話は、この浸かる量の条件に届くほど日本語の出番を減らすのか」となる。
AI 英会話の時間が長くなれば、英語モードの時間は増える。一方で、AI に日本語で質問したり訳を確かめたりすれば、母語で考える時間はむしろ残る可能性もある。
ただし、この点を AI で検証した研究はまだ少ない。AI 英会話や AI 翻訳の毎日の利用が、母語の単語の出てきやすさをどう変えるかを直接測った研究は見当たらない。
だから今は、「AI で日本語が下手になる」とも「AI で日本語を守れる」とも言えない。研究が示した浸かる量の条件に、自分の使い方がどれだけ近いかを考えるのが、研究と整合する向き合い方だ。
ここまでのまとめ: AI 英会話の毎日の利用が母語にどう影響するかを直接調べた研究は、まだ見つかっていない。研究が示した条件と比べて考える段階にある。
よくある質問
Q1. 英語を勉強すると、日本語は本当に下手になりますか?
学ぶ言葉に浸かると、大人でも母語の単語が出にくくなることはある。ただし研究者は、失ったのではなく抑えられた状態と解釈している。日本で暮らす大人は、研究の対象者と条件がかなり違う。
Q2. 英語を話したあと、日本語が出てこないのはなぜですか?
2 つの言語を持つ人は、使わない言語を一時的に抑えて話している、という考え方がある。英語を話したあとに日本語が出にくいのは、この働きで説明されることがある。
Q3. 何歳までに海外に出ると、母語が揺らぎやすいのですか?
揺らぎやすさは年齢とともに少しずつ下がる、という見方が示されている。出来事のとらえ方では、12 歳未満で第二言語を始めた人にだけずれが見られた研究がある。ただし、すべての能力に当てはまる線ではない。
Q4. 日本語の本を読めば、母語の衰えは防げますか?
研究では、母語に触れる量が母語の力を予測する力は比較的弱かった。防げるとは言えないが、損の少ない工夫として日本語の時間を少し残すのは悪くない。
Q5. 長く海外に住むと、日本語になまりが出ますか?
大人になってから移住した人を調べた研究では、グループ全体では発音は地元の人と区別がつかなかった。なまりが必ず出るとは言えない。
まとめ
英語の勉強や仕事を増やして日本語が出にくくなるのは、気のせいではない。学ぶ言葉に浸かった大人で、母語の出てきやすさが下がった研究がある。ただし研究者は、母語を失ったのではなく、浸かっている間は抑えられていた状態と解釈している。
母語そのものが大きく変わりやすいのは、主に幼いころに母語の環境を離れた場合だ。揺らぎやすさは年齢とともに少しずつ下がる、と考えられている。大人の変化は個人差が大きく、使う量だけでは説明しきれない。
日本で日本語を使いながら英語を学ぶ大人は、日本語が壊れる心配より、英語の時間の確保を考えるほうが現実的だ。海外で英語漬けになる人も、日本語の出にくさはフタの働きで説明できる、という解釈を知っておけばよい。
参考文献
- Linck, J. A., Kroll, J. F., & Sunderman, G. (2009). Losing access to the native language while immersed in a second language: Evidence for the role of inhibition in second-language learning. Psychological Science, 20(12), 1507-1515. https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.2009.02480.x
- Baus, C., Costa, A., & Carreiras, M. (2013). On the effects of second language immersion on first language production. Acta Psychologica, 142(3), 402-409. https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2013.01.010
- Green, D. W. (1998). Mental control of the bilingual lexico-semantic system. Bilingualism: Language and Cognition, 1(2), 67-81. https://doi.org/10.1017/s1366728998000133
- Bylund, E. (2009). Effects of age of L2 acquisition on L1 event conceptualization patterns. Bilingualism: Language and Cognition, 12(3), 305-322. https://doi.org/10.1017/s1366728909990137
- Bylund, E. (2009). Maturational constraints and first language attrition. Language Learning, 59(3), 687-715. https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2009.00521.x
- Pierce, L. J., Klein, D., Chen, J.-K., Delcenserie, A., & Genesee, F. (2014). Mapping the unconscious maintenance of a lost first language. Proceedings of the National Academy of Sciences, 111(48), 17314-17319. https://doi.org/10.1073/pnas.1409411111
- Pallier, C., Dehaene, S., Poline, J.-B., LeBihan, D., Argenti, A.-M., Dupoux, E., & Mehler, J. (2003). Brain imaging of language plasticity in adopted adults: Can a second language replace the first? Cerebral Cortex, 13(2), 155-161. https://doi.org/10.1093/cercor/13.2.155
- Schmid, M. S., & Dusseldorp, E. (2010). Quantitative analyses in a multivariate study of language attrition: The impact of extralinguistic factors. Second Language Research, 26(1), 125-160. https://doi.org/10.1177/0267658309337641
- Schmid, M. S., & Jarvis, S. (2014). Lexical access and lexical diversity in first language attrition. Bilingualism: Language and Cognition, 17(4), 729-748. https://doi.org/10.1017/s1366728913000771
- Dussias, P. E., & Sagarra, N. (2007). The effect of exposure on syntactic parsing in Spanish-English bilinguals. Bilingualism: Language and Cognition, 10(1), 101-116. https://doi.org/10.1017/s1366728906002847
- Hopp, H., & Schmid, M. S. (2013). Perceived foreign accent in first language attrition and second language acquisition: The impact of age of acquisition and bilingualism. Applied Psycholinguistics, 34(2), 361-394. https://doi.org/10.1017/s0142716411000737
- Schmid, M. S. (2011). Language Attrition. Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/cbo9780511852046
最終更新日: 2026-10-05
著者: 中村 拓(Taku Nakamura)(greencafe 編集部 編集責任者・非ネイティブ話者)。公開された 12 件の研究エビデンス(tier 1=11 件 / tier 2=1 件)を横断分析・再構成した。
画像: いらすとや (https://www.irasutoya.com/) より
この記事を編集した人
公開日: / 最終更新:

